数学ではなく、数学者がこんなに面白いなんて!

- 作者: サイモンシン,Simon Singh,青木薫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/05
- メディア: 文庫
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なんとなく、「数学の一般書はおもしろくないから……」と敬遠していたが、この間真面目に立ち読みして、意外と数学の事がきちんと書かれている様なので、買った。これが、凄く面白い。数学がじゃなくて、数学者が。
数学がおもしろいもは自明のことじゃない……、と言いたいところだが、この書には数学のことも可成り詳細に記されている。それ所か、数学の明確なイメージをこれほど書けている本は、そうそう無いだろう。普通の一般書は「難解だから……」と意味の無い尻込みを見せるし、専門書は其んなものが自明とばかりに、書かないからだ。そして〈数学者〉と云うものは、数学のイメージと共に無い限り、面白くないのだ。
数学は証明が全てだと云う事が、もう幾度も書かれているし、フェルマー予想を証明するのに必要だった谷村=志村予想に関しても、楕円関数のL系列の事迄、判明なイメージで説明されている。
著者は、数学の問題がなければ〈数学者〉は存在しえないと云うことを知り尽くしている。更に、人間の、運命の面白さということも、よく把握しえている。
証明を宗教に組み込んで、宗教の迷妄に倒されたピタゴラス。趣味の数学パズルに沈潜し、謎だけを残したフェルマー。生きることが計算することだったオイラー。性別ゆえ、数学界に振り回されたソフィー・ジェルマン。盛んな血気で群論を開いたが、おなじ血気にて数学者に疎まれ、政治に倒れたガロア。夜を徹した計算で、綿密だった自死の決意など消し飛んでしまったヴォルフスケール。論理の完全性と、にも関わらず、数学証明の不完全性あるいは矛盾性を数学証明したゲーデル。楕円関数とモジュラー形式という、遠く隔たった領域の強い結びつきを予想したが、恋愛や友人関係から自己を疎外してこの世を去った谷村と、彼男の喪を引き継いで谷山の予想を魅惑的に、数学界を説得した志村。
何より一番取り上げられているのは、この本を書くきっかけになった証明を成し遂げた、アンドリュー・ワイルズだ。独りの中で数学が組み上げられてゆく様、それが明るみにされたときの周囲と本人の興奮や、どでんがえしへの感動的な邂逅により、子供時代からの夢を遂に叶えた様子は、本書を読んで悶絶するべきだ。
「数学が面白いってのはこういうことなんだ」と云う事を良くつたえている点で、すでに本書は貴重だ。その上、「〈数学者〉が面白いってのはこういうことなんだ」と見得を切れる本は、そうそう無いのではないか。