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c4se記:さっちゃんですよ☆

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c4se

シュヴァイツァーとフロイト(課題) #memo

5年前の「哲学的人間学」に提出した課題。おべっかしか能がねえのか。

シュヴァイツァーとフロイト

アルバート・シュヴァイツァー Albert Schweitzer 1875~1965

1

十九世紀終わりから二十世紀初頭にかけての哲学とは、〈無意識〉の発見であったと言ってよいようにおもわれる。ジークムンド・フロイトは心の無意識を発見した。カール・マルクスは経済の無意識としての資本を発見した。エドムンド・フッサールは哲学の無意識としての現象学を発見した。フリードリッヒ・ニーチェは総体の無意識としての力を発見した。
そしてアルバート・シュヴァイツァーは、倫理の無意識を発見したと言えるのではないか。
シュヴァイツァーが「生への畏敬」に就いて最初に説明しているのは、次の通りである。


「生への畏敬」とはなに、そうしてそれらはいかにしてわれらの中に生ずるか?
人間が自己についてまた対世界の関係について、これを根本的にきわめおうとすると、必ずその思考や知識を形成する夾雑物を排除して、彼の意識の中の最初のかつもっとも直接にして恒存する部分を考えねばならぬ。ここより出発するときにのみ、人間は思考の世界観に到達することができる。
(引用略)真実のところ、意識の直接の事実は内容を持っているのである。考える、とは、何物かを考えることである。人間の意識の最も直接な事実は、「われは、生きんとする生命にとりかこまれた、生きんとする生命である」ということである。自己および自己をめぐる世界について考えるあらゆる瞬間に、人間は自己、多くの「生への意志」の中にとりかこまれたひとつの「生への意志」として感じる。
アルバート・シュヴァイツァー『我が生活と思想より』

おそらくシュヴァイツァーの天才はここで始まり、ここで終わった。他の所では、彼男は強く尊敬するに値する信念を持ち、且つそれを持ち続けた普通の人であった。
〈生への畏敬〉とは「われは、生きんとする生命にとりかこまれた、生きんとする生命である」という、単に生命というもののざわめきだ。倫理が倫理になる瞬間で、このざわめきは刻み込まれる。フロイトの無意識は、自己の内でありながらあまりに確かに自己であるが故に自己の外であるものだった。同じように〈生への畏敬〉は、それが無いと倫理が成り立たないにもかかわらず、それ自身は倫理に抗する。というのも、〈生への畏敬〉とは死によってのみ根拠づけられうる生の有り方だからだ。生が自身を根拠としているようではだめなのだ。それでは〈生への畏敬〉ではなく、「私は生きたいのだ」という生命に対する近親憎悪でしかない。無意識とは断じて近親相姦の場所ではない。寧ろ逆であるべきだ。それは力の走行の描く線として捉えられるべきである。
〈生への畏敬〉をもしずっと先まで押し進められるとしたら、そこには何が現れるのだろう。シュヴァイツァー自身は生あるもの達の連帯ということを打ち出した。だが連帯というのはどうあっても表意識に於けるものでしかない。このような生の自己根拠関係には〈生への畏敬〉はありえない。
同じ思想進行の逆転にはヴィクトール・フォン・ヴァイツゼッカーも悩まされている。他のすべての生命を犠牲とせずに或る生命を助けることはできない。運命へ主体化するとはいずれ来るもの達を序列付けることに他ならない。なのに序列化の基準は、それが運命であるが為に与えられない。
フロイトに依れば、倫理の源泉は超自我、つまり死への欲動である。超自我とは抑圧により発生した無意識が黄泉帰ることへの畏れだから、これはつまり、生に対する畏れであるといっていい。シュヴァイツァーの〈生への畏敬〉と全く同じものである。というのも、超自我とは浮遊する呼び声、運命に於ける未来であり、いずれ来る生命達からの呼び声に他ならないからだ。
んな絶望的な考えを積み重ねてきてわかるのは、〈生への畏敬〉という概念が現在の倫理学の扱いうる水準をはるかに超えているということだ。倫理学ではなく、それが着地するための自然哲学が必要なのだ。現在性を捉えるためには思想はそれが着地するための自然哲学を持たなければならないのが常だ。なぜなら捉えるのは倫理に於いてのほかにはないし、そのためには倫理が総体を成す基底として自然性の論理が必要だからだ。シュヴァイツァーにはそんな強力な哲学はなかったし、フロイトはたとえば文明の起源など、抑圧をそこまで練り上げようとしたが、そのことにともなう概念の必然的な変容を忌んで自らの精神分析学の枠を出ようとしなかった。
ここで必要なのは、或る生命と別の生命とのかかわりについての考えだ。「われは、生きんとする生命にとりかこまれた、生きんとする生命である」という〈生への畏敬〉の基礎の発想を概念として抽出するならば、それは、ある生命の生きようとする志向はかならず他の生命へむかって伸びてゆくということだ。そこで起こる生理の質が、倫理に於いては畏敬であるべきだとシュヴァイツァーの言葉は述べている。愛するにしても憎むにしても無視するにしても、その態度の前に相手を生命だと認める畏敬が必要だ、と。もちろんその相手が自分であるということも普通にありうる。この、或る生命はかならず他の生命へむかって生きるという描像は、倫理の全体を自然史の過程へと還元できるだけの力をもっていると感じられる。そしてそれは同時に、超自我と抑圧のうごきをも生理性の方へと解体する道をもあらわしている。
たしかにこれら生命のありえない全体を「連帯」として抽出するのならば、シュヴァイツァーの道筋は正しかった。生命達がそれぞれ他の生命達をそれと措定して生涯を走行してゆき、自然にかかわりを連ねてゆく――弱さ故に。この弱さというのはフロイトの、偽へと向かう力としての無意識と同じものである。
そんなイメージだ。

2

最後にアルバート・シュヴァイツァーその人について、わずかなことを記しておく。
彼男はドイツに生まれた。裕福な牧師の家庭であった。例にもれず幼少時はやんちゃであったらしい。しかし生活に不便のない自らに次第に負い目をかんじるようになる。わたしなぞからすればなんと贅沢な悩みと感じてしまうところだが、こういった悩みは「貧しさ」とはなにかという普遍的な問いへと連なっている。彼男はここで貧しさへの奉仕の使命を志すようになった。こうしたことを考えつつ神学の道を進んでゆき、やがて使命の通り、アフリカで医学とキリスト教の奉仕をしようと決意する。
このときの彼男の発想には一般の西欧主義とは少々の違いがある。西欧の知識人の間では、西欧の発想の水準を考えの基底に置いてものごとを考えるのが普通のこととなっているが、シュヴァイツァーには貧しさを固有の貧しさとして捉えようとしていたような気がする。そしてこの場合、貧しさとはアフリカのことだった。この捉え方は後に「弱さの連帯」の発想へつながってゆく。
彼男は信念の人であった。信ずることの強さは孤独の深さと反比例する。彼男はその信念の強さのおかげで強烈な行動を成し遂げられたが、信念以外に依るものがないというのは方向性を修正する働きがないということであり、危険でもある。対するフロイトは孤独の人であったらしい。一生揺れ動かざるを得なかった。
シュヴァイツァーはアフリカ伝道の功績を讃えられてノーベル平和賞を受けた。そして第二次世界大戦後も二十年すぎた九十一歳で死んだ。

参考・引用文献

わが生活と思想より (白水Uブックス)

わが生活と思想より (白水Uブックス)


死を与える (ちくま学芸文庫)

死を与える (ちくま学芸文庫)


雄羊 (ちくま学芸文庫)

雄羊 (ちくま学芸文庫)


病因論研究―心身相関の医学 (講談社学術文庫)

病因論研究―心身相関の医学 (講談社学術文庫)


否定的なもののもとへの滞留    ちくま学芸文庫

否定的なもののもとへの滞留 ちくま学芸文庫