c4se記:さっちゃんですよ☆

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c4se

読了buzzを纏めた丈の、下らない #book

最後に此所で本の事書いたのって、もう一年以上経ってるよねー。元々此所はコンピュータ系の事は一切書いてなくて、なんかグダグダと、考えとか書いてたんだけど。最近さっぱり。でもね、繋がってるんですよ、コンピュータ系でグダグダやってる事と、グダグダ考えてる事は。

タバスコ
関係無いジュースの写真

最近、読み終わった本は、Google buzzで短い感想を纏める事にしてる。Google buzz、簡易blogとして便利なのよね。コメント付け易く、パーマリンク取り易く、コメント見易いから。
其のbuzzを纏めた丈。リンク先には其々もうちょっと細かく書いてる。

グリーン『恐怖省

グレアム・グリーン選集〈第8巻〉恐怖省 (1959年) 読了。普通の小説だと思う。出来が良いとは言えない。時間を潰せる程度には面白い。詰り勧める程の本じゃないが、読むんじゃないよと云う本じゃ決してない。
http://www.google.com/buzz/utakata.c4se/A978PFKweFp
高校の時の図書館が廃本で出していたのを今更読んだの。
映画化された物の方が有名みたい。

C・ダグラス・ラミス『ガンジーの危険な平和憲法案』

ガンジーの危険な平和憲法案 (集英社新書 505A) 読了。題名は無駄にキャッチーにしてあるが、中は非常に当たり前の事しか書いていない。だが皆が当たり前の事を素直に認めるならば、苦労なんて無い訳で。
http://www.google.com/buzz/utakata.c4se/TfXPi7bZtEA
著者の考えは甘いけどね。

勝間和代『利益の方程式』

勝間式「利益の方程式」 ─商売は粉もの屋に学べ!─ 読了。良い、が。
http://www.google.com/buzz/utakata.c4se/7REyLrjce7q
初めて買った勝間和代の本が此れだが、初めて読んだ著作が『断る力』だったのは良かった。其うでなかったら、危うく過小評価をして仕舞ったに違いない。
多面で幾ら捉えても、立体には成らないと云う欠点が、勝間和代は極めて強いが、『利益の方程式』は此の欠点が見え易い。比べて『断る力』は躓き難い本だと思う。
『利益の方程式』は『フリー』と一緒に読むと良いと思う。洞っちか丈じゃ、片手落ち

レーニン『カール・マルクス

カール・マルクス―他十八編 (1971年) (岩波文庫) 読了。レーニンは思想家としては洞う仕様もない事丈は判った。行動家としては大した物だったに違いないのだが。
http://www.google.com/buzz/utakata.c4se/h5AbPYxnveV
特に読まなくても充分だと思う。
国家や法人は主体に成らない。主体に成るのは物丈だ。おはよう。
其れと『カール・マルクス』は『資本論』を読まないと話に成らない、と云う事丈判って、次の章に行ってます。
自民、徴兵制導入の検討を示唆…改憲案修正へ - 痛いニュース(ノ∀`) 僕が賛成する訳ないでしょ。自分が行きたくないから、其れ以外の理由は何を言っても些末でしかない。
自分は"safe mode"と称して「不道徳だ」と抜かすカテゴリーを一律に表示しないmodeが存在する意義が理解できない。personalizeすれば好い。「不道徳」か洞うかは個人の趣味だ、普遍性は全く無い、読む側個人以外が制御出来ちゃ駄目だ。
子供に判断力が無くて大人に判断力が有るって洞んな伝説だ? 老人は惚けてるって洞所の阿呆だ? 判断力と年齢は一定以上歳をとると相関しない、と思う。(仮説)

アマルティア・セン『貧困の克服』

全然関係無いけど asin:4087201279:title 読了。次。
http://www.google.com/buzz/utakata.c4se/8VbacDER9c8
経済は上方へ伸展する仕組みであり、政治は下方へ伸展しない仕組みである、と云う。ニート論壇沢山読むよりアマルティア・セン一冊読んだ方が効率が良いと。
ガルデアは素直にすれば極限的な民主主義だと言える。但し物語に争いを齎す為に、意図的に素直さを崩す必要は、有る。抑々ガルデアは理想郷じゃない。現在の極端な一断片な訳で。
何か悩みをぶつくさ呟く前に、洞んな分野であれ、「思想とは何か」を考えた方が良いよ。此所で簡単な自同律に行き着けないなら、其の分自分のひねくれを直した方が良い。

芹沢俊介『家族の現象論』

家族の現象論 (1981年) 読了(未だ読み終わってなかった) 家族に就いて、芹沢俊介に語らせると、止まらない。
http://www.google.com/buzz/utakata.c4se/cuDGuk6ecu6
家族に就いて、芹沢俊介に語らせると、止まらない。

私たちは、「理想の子供数」と「現存の子供数」のあいだの差異が、正 [プラス] の価を示している場合、家族の窮乏は外延性をもっているという理解の仕方が可能である。子供を産むことを禁欲ないし制限しようとする動機は、多く経済上の理由に還元する事が可能である状態が、これに対応しているといえる。
両者の差異がみたような一致としてあらわれた場合、家族の窮乏は外延性を喪失し、内包化する契機をはらんだのだとかんがえる。 (略)
窮乏の意識が外延性を閉ざされ、内包化してきたということはできたとして、この内包化の進行がどの地点で意識における窮乏の観念を解体してしまうかについて、確実に指さすことはむずかしい。けれど、標識は指摘する事ができる。中流という表現が大衆の家族の普遍的な意識をとらえたことをもって、内包化の極限の標識とみとめるのである。
「序――どのように家族の現在を問題にするか」

理想と現実の落差の消失に、堅実な生活意識の反映をみるべきだという見解にはとうていくにせないとすれば、この事態をどのように理解すべきなのだろうか。
ひとつは、戦後の家族の自然的な規範が崩壊しはじめ、自然状態が露出したのだという解釈が可能である。
もうひとつは、戦後の大衆意識が理想を現実にと同致させるという表現によって、社会の志向する方位に対し、不安と否とを自己 とうかい という形式で表明しているという解釈ができる。こういいかえてもいい、すなわち、大衆の意識は、理想と現実の落差に象徴される自らの志向の矢印を無にされるまでに貧困化したのだというように。したがって、大衆の意識のもち方と現実が一致したからといって、それをそのまま実体とみなすことはできない。あたかも九〇パーセントの中流意識が「新中間階層」の実体的な成立をそのままでは意味しないようにである。意識のもち方と現実とは落差のあることの方が自然なのである。
中流意識論」

米沢 [引用注:米沢慧] に代表される高島平居住者の疑問は、人はなぜ 高島平に来て 死ぬのだろうかというものである。私たちのような高島平の外に住むものの疑問は、人はなぜ 高島平に行って 死ぬのだろうかという問としてあらわれる。象徴としての高島平は、これらふたつの疑問が高島平において交叉するその交点から上向へと疎外された地点としての象徴としての高島平を訪れ、そこから現実の高島平へと落下し、現実の死者として死んだのである。
「象徴としての高島平」

私は以前、子供の自殺をめぐって、「固有の内的時間が徹底的に収奪された事態を想定しないかぎり不可能である」とかいたことがある。また、社会情況(外在的な時間性)は、家族が主体的であることによって、子どもへの映り込みをかなりの程度無化しうるのではないか、にもかかわらず、戦後の家族は、むしろ、この映り込みを増幅して子どもにおくりこんでいるのではないか、とかいたこともある。
「身体的時間の逆説―子どもの自殺をめぐって」

離婚に理由がいるのはたったひとつ、結婚が自己以外のすべての異性を排除するという前提でもって、他者を必要としたという事実によっている。
(略)
私たちは、これまでふたつの標識を導入することによって、現代の離婚にあらわれている時代性をよみとろうとしてきた。ひとつは、家族(夫婦)相互の他者性の切片の家族における拡大と表面化という標識であり、他のひとつは、家族を自然態としてあつかえる部分がきわめて限局されてきているという標識である。いいかえれば、自然態としての他者性が拡大・表面化してくるとき、それは敵視され、排除される機構が存在するという事実をこれらふたつの標識は告げている
(略)
私たちは、このような困難のまえにどんな課題をみすえたらいいのだろうか。性愛的な他者(夫と妻)は、なによりも自然的な関係であるとともに、同時に倫理的な関係であるという課題である。なぜなら、戦後の家族は、自らの基底においていた家族および社会との倫理的な関係を消滅させてきたのであり、このことが離婚の理由を曖昧という表象によって把握せざるをえない根本の理由であるのだから。現在の家族の状況を肯定的にかたることができるとすれば、唯一、家族の倫理化の可能性に対してだけである。
「家族という他者―離婚について」

クロード・E・シャノン+ワレン・ウィーバー『通信の数学的理論』, 竹内薫『量子重力理論とはなにか』, 筒井康隆『アホの壁』

読了tweetしてない。 通信の数学的理論 (ちくま学芸文庫) 大枠読了。 量子重力理論とはなにか―二重相対論からかいま見る究極の時空理論 (ブルーバックス) 読了。 アホの壁 (新潮新書) 読了。PC触りたくない病に罹って、邪道にも本に手を出してる。
http://www.google.com/buzz/utakata.c4se/F4WL64dEnyc

クロード・E・シャノン+ワレン・ウィーバー『通信の数学的理論』

此れは、例の。
ウィーバーの纏めが、『論理哲学論考』のラッセル序文みたいだったけど。
一般には、ウィーバーの纏めの三章の内第二章丈読めば良いんじゃないかな!

竹内薫『量子重力理論とはなにか』

時空も非可換にする二重相対論。ループ量子重力理論とかの低エネルギー近似として。
ちょこちょこ数式が有って、良い。

筒井康隆『アホの壁』

読み物としても面白いし、考えが単純すぎるが、『バカの壁』と合わせて考えに耽ると良い。人に勧められる物じゃないが、面白いの。

プラトンソクラテスの弁明 クリトン』, フレイザー『火の起源の神話』

昨日。 ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫) 読了。酷い。 火の起原の神話 (ちくま学芸文庫) もざっと見たけど、飛ばし読みし過ぎて読んだとはとても言えない
http://www.google.com/buzz/utakata.c4se/P11A434i2uD

プラトンソクラテスの弁明 クリトン』

有名だけど。酷い。
国家は実体として存在しない。此の間人に話て猛然と反対されたが、一般に法人格は存在しない。
個人が存在する丈だ。個人或いは個人達が、集団として行動する事は出来る。だが集団と法人格には千里の隔たりが有る。集団に於いては行動するのは個人だ、責任や権利を持つのは個人だ。迚も明確な話だ。だが法人格は、行動する、責任を持ったり権利を持ったりするのは法人格であり、個人は居ない、居ないと見做して良いと抜かす。馬鹿言ってんじゃねえ。
当然此の主張は私のオリジナルじゃないけどね。権威が御好きなら文献を漁れば良い。
ソクラテスに言う事が有るとするならば、「其れは阿方も、阿方が糾弾した者達も互いに、人生より、生活より大事な事が有る、と考えた点で間違っているのですよ。」と言う他無い。

フレイザー『火の起源の神話』

読んではないって。ユーラルの火の期限神話の為に買ったんだけどね。大変詳細であり、迚も良い。
只、神話は断じて歴史じゃない、と丈。

ギルガメシュ叙事詩』

ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫) 読了。叙事詩の段階に就いては、未だ何の見解も持っていない。
http://www.google.com/buzz/utakata.c4se/c5AjzQcGjAJ
エンキドゥは、若きギルガメッシュの横暴を沈める為に、アヌが命じアルル(創造を司る女神)が泥よりアヌの似姿に作り、野に生まれた。後ギルガメッシュの友と成る。

第一の書板 獣と暮らすエンキドゥが狩人を恐れさせ、獣を捕れなくした事に就いて p36
ギルガメッシュは狩人にむかって言った
「行け、わが狩人よ、宮仕えの遊び女を連れていけ
〔彼 [引用注:エンキドゥ] が〕獣に水飲み場で水をやるとき
女は着物を脱ぎ、女の魅力を開き〔示〕せ
女を見ると彼は女の方へ近づくだろう
野で育った獣たちは彼を見捨てるだろう」

第一の書板 遊び女 [原注1-15:いわゆる神聖娼婦] がエンキドゥの前に出て p38
遊び女は胸元をゆるめ、奥処を開き、彼は女の魅力をとらえた
彼女はためらわず、彼の心を受けとめた
彼女が着物を脱ぐと彼は女の上に横たわった
山男を女のなすことへと惹きよせた
彼の気持ちは彼女の方へと惹きつけられた
六日と七晩、エンキドゥは遊び女とまじわった
彼女の豊かさに満足してしまうと
彼は顔を野の動物へと向けた
エンキドゥを見て、カモシカたちは逃げまどった
野の動物たちは彼の体からしりぞいた
エンキドゥが驚いたことに、彼の体はこわばった
獣が行ってしまうのに彼の膝はきかなくなった
エンキドゥは弱くなり、彼の速さは以前のようでなくなった
だが彼には(今や)知〔恵〕があり、考えも広くなった

第二の書板 ギルガメッシュが、自分はエンキドゥと合う事に成るを示唆する夢を見た記述の直後 p44
ギルガメッシュが夢を解いているとき
エンキドゥは宮仕えの遊び女とともに坐っていた
二人はたがいに愛撫した
エン〔キ〕ドゥは生まれたところを忘れ去った

第二の書板 エンキドゥ、遊び女に連れられ羊飼い達の食卓に着いて(未だギルガメッシュと出会ってない) p46
野獣の乳を彼は飲んでいた
彼ら [引用注:羊飼い達] は彼の前に食物を置いた
彼はびっくりして眺めわたし
そしてじろじろみつめた
エンキドゥはなにも知らない
食物を食べることも
飲物 [原注2-5:シカール(ム)、si-kāru(m) 酒精飲料] を飲むことも
彼はならわなかった
宮仕えの遊び女は口を開き、エンキドゥにむかって言った
「食物を食べなさい、エンキドゥよ
(それが)人生の決まりなのです
飲物を飲みなさい、(それが)国のならいなのです」
エンキドゥは飽きるまで食物を食べた
飲物をさかずきに七ないも飲んだ
気持ちが浮き立ち、彼は愉快になった
そして彼の心は喜びにみちた
彼の顔はほてり、彼は〔     〕をこすった
彼は毛髪に油をぬりつけ
人間らしくなった
着物を着て花嫁のようになった
彼はライオンを狩るために武器を取った
羊飼たちが夜休めるように
彼は狼をとらえ、ライオンを打ちとった
牧者の長たちは横になることができた
エンキドゥは彼らの見張りであった

第七の書板 「天の牛」とフンババ(アッシリア語。ヒッタイト語でフワワ)を殺した代償に、エンキドゥが神々に依って死の病に就いて p91
「 [引用注:発言主はエンキドゥ] 〔     〕彼の持物を打ちこわし、彼の力を減らせ
お前のまえで彼の〔道がとれなくなるように〕
彼のまえから〔彼のとろうとする獲〕物が逃げてしまうように
〔狩人が〕彼の心の満足を得〔ることがないように〕」
〔彼の心は〕はやりたって遊〔び女〕を呪った
「 [引用注:此れも発言主はエンキドゥ] 〔来〕い、遊び女よ、私はお前の運命を決めてやる
永遠に終わることのない運〔命を〕
〔私は〕お前を大いなる呪いをもって呪ってやる
その呪いがすぐにもお前にふりかかる〔ように〕
(一〇―一七行大部分破損)
〔    〕お前の家に投げ込んでやる
〔  〕道路がお前の住みかになるように
〔壁の暗かげが〕お前のいる〔ところとなるように〕
お前の両足の〔
〔酔っぱらいや渇いた者に〕 [原注7-6:『イシュタルの冥界下り』一〇六行と一〇八行より復元。] お前の頬を〔打たせてやる〕
(二三―三二行破損多し)
シャマシュ [原注1-6:太陽神] は彼の口〔からこの言葉を〕聞いた
彼はすぐさま天から彼に呼びかけた
「エンキドゥよ、なぜお前は遊び女を呪うのか
あれがお前に教えたのは、神にふさわしいパンを食べること
王者にふさわしい酒を飲むことだった
あれはお前に立派な服を着けさせたではないか
そしてお前によき友ギルガメッシュを与えたではないか
さていまは、お前の親友なるわが友ギルガメッシュ
お前を立派な寝台に横たえさせている
誉の寝台にお前を横たえさせている
彼はお前を左なる席、安楽の席に坐らせている
地上の〔公〕子たちよ、お前の両足に接吻せよ
〔彼は〕ウルクの人びとがお前を嘆き悲しむようにさせる
〔彼は喜び満てる〕人びとをお前への想いで満たしてやる [原注7-7:この行、解釈いろいろあり。]
〔そしてお〕前が行ってしまうと、体を長い毛髪で覆い
犬 [原注7-8:原語はカルブ kalb (kal-bi-im-ma) で共通セム語で「犬」の意味だが、「ライオン」と訳している翻訳者が多い] の皮を着て私は野〔原〕をさまようだろう」
エンキドゥは力強いシャマシュのこの言葉を〔聞いて〕
〔     〕彼の悩める心は落着いた
〔             〕落着い〔た〕

神の系譜 
解説より

アヌ(アン):天の父神
 │ ├エア(エンキ):水の男神
 │ ├イシュタル(イナンナ):愛の女神
 │ └アダド:天候の男神
 │
 ├エンリル(ベール):地の男神
 │ └シン(ナンナ):月の男神
 │   └シャマシュ(ウトゥ):太陽の男神
 │
キ:地の母神