c4se記:さっちゃんですよ☆

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c4se

いま「人間」は、如何に居るか - mixiのとか、SNSとか

小飼弾さん「Society is the Next "Next Intel Inside"」
 http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51013761.html

あくまで個々のユーザーとは、データを介してしか繋がってませんよ、というのがWeb 2.0までの倫理である。Web 2.0はユーザーの囲い込みを極度に嫌うし、また囲い込まれることを嫌うユーザーたちに支持されてここまで大きくなった。Web 2.0のユーザー達は自律的で外向的。SNSよりblogを好むのが彼らである。
これに対して、Web 3.0、かどうかはわからないが、SNSのユーザーたちは、「丸ごとありのまま」に扱われることを好み、データに還元されるのを嫌う。彼らのほとんどは、マイミクを増やすことより、すでにマイミクになった者達と仲良くしていくことに興味がある。ユーザー達は他律的で内向的。彼らにとってblogは恐い外界である。「ググレカス」と言われるぐらいなら、マイミクに教えてもらう方を選ぶのが彼らだ。
しかし、Facebookなどを見ると、SNSのユーザーが必ずしも他律的で内向的だとは言えないという人もいるだろう。mixiに比べると、Facebookにはアグレッシブな雰囲気に溢れている。しかし、「丸ごとありのまま」扱われたいという点に関しては実は彼らも同じ。彼らの場合、データに還元された自分の一部が、身も知らぬ誰かにぞんざいに扱われるのが嫌なのだ。だから、新しくつきあう相手に対しては厳格な身分証明を求めた上で、積極的な関係を結ぶ。

と、mixi のオープン化、Open Social への参加を批判する。
Web3.0ではなくて、Web2.0の一部だとは思うが、それはどうでもいい。
Coreさん「mixiが「オープン」になるっていうけど、どういう意味?」
 http://d.hatena.ne.jp/core/20080306/1204770959

要するに今のSNSはデータを外に出せないのである。データを外に出せないというのは、日記をエクスポートできない等の単純な行為に留まらない。
具体例をあげるならば、2つのSNS、例えばmixiGREEを同時にやっている人がいたとして、その2つのサイト間では人間関係が共有できないのである。mixiとモバゲーでもいいし、mixiとはてなでもいい。
至るところで人間関係は生まれているのに、現在はSNS同士のデータ共有が無いために、バラバラの場所でバラバラに交流が営まれているのだ。これを無駄と考えるかどうかは個々人の判断ではあるが。
それを少しでも共有するための流れが最近のOpen〜〜である。

たしか日本製のアカウント管理アプリケーションが最近出てきて、それを使えば SNS 間で接続ができたはず。も、本質的な話ではない。
当の Facebook の広告モデル、Social Ads は、
idea*ideaさん「Facebookの「Social Ads」ってすごくね?」
 http://www.ideaxidea.com/archives/2007/11/facebooksocial_ads.html

今回Facebookは広告がらみで4つの商品を出したのですが、それらをまとめると以下のような感じかな。

  • Social Ads

「友達が○○しましたよ」と表示させる広告。ユーザーの目に触れる部分。これは単体で使うのではなくて、次のFacebook PagesかFacebook Beaconと組み合わせて使う。

企業がFacebook内に専用ページを設置。そこでユーザーはいろいろなアクションを取ることができて(購入とかレビューとか)、そのデータがSocial Adsに反映されます。

Facebook外部のサイトであってもFacebook Pagesと同じ機能を持たせるためのツール。すげー。

で、それらの広告がどんなパフォーマンスをあげているかを教えてくれるいわゆる解析ツール。

ええ、なかなか面白いですな。


ミシェル・フーコーの監視と管理の概念に就いて触れる文章をいま書いている。
井上ネム監視/管理」20080314時点

域を分割する理性をモデルとして監視は現れる。管理の概念は別のもの、データがそのモデルとなる。データベース、検索、接続、遮断、流通、アテンション。ここではネットワーク状の〈帝国〉=マルチチュード権力が現れる。私が親しんでいるところでインターネットだが、Google、Yahoo!、Windows Live、Ask.com、Baidu.jp等のデータベース群がある。管理は一極へ集中することはない。物(人である事もある)は側面のデータへ切り分けられ、其々のベースに整理される。

ここには SNS (Social Networking Service)は考慮されていない。だが mixi のありかたにしろ、「丸ごとありのまま」という扱い方はやはり監視ではなく管理でのありかただ。
「丸ごと扱う」というのは「扱わない」ことに等しい。扱ったらそれがどんな、ほら、切り売りして、となるからだ。多対多の関係、その繋がりさえ取り持ってくれればあとは要らないから、でもそこだけはやってね。要するに人を扱わずに関係を扱うこと。